(操業日誌歴:丸7年と第35週目)



船長への連絡は、

3月1日(月曜日)
東京地方、昼間は暖かかったが、夕方にかけて冷えて来だした。
週明け初日、スタートに躓く。これが自分の個性さ、と威張ったとて何にもならんわい。それでも本業として対外的には少しの進歩あり。淡い期待ではあるが・・・。
文献海のデータの更新をしたが、想っていた以上に文献情報の処理をしていたのね。特に情報公開の文献件数、倍とまではいかないが、三、四割多かったのにはちょっと嬉しい驚きだった。この調子でこれからもいけたらいいのだけど・・・。
昨日は70.4と18.2で、今夜は69.25と17.8。

3月2日(火曜日)
ネット通販で購入したウォーターマンのボールペン、予想より早く到着。昼間の留守時に宅配業者が来て「不在通知」でも置いていくかと想っていたが、帰宅後の八時前にやって来た。
名入れをしてもらって、銀と金のコントラストが非常に洗練されていて、出しゃばり過ぎない存在感を醸し出しておる。なかなかいいものを買ったと自負する。自分が使うのじゃないのだけど・・・。
これで、数年前から始めていた筆記具の高級化計画が終了。壊したり無くしたりしない限り、もう新たに買うことはない。で、現在三ケ所で使用中の百円の使い捨てボールペンのインクが無くなると計画が完璧になる。高級化といっても一番高いのが五千円のだけど・・・。
69.1と17.5。

3月3日(水曜日)
久しぶりにお客さんと面と向かって色々と話す。暗くなるばかりである。単価が下がり過ぎである。全ての会社・仕事がという訳ではないが、時給換算で千五百円程度まで下がっている。
単純計算だと毎日十時間、二五日間働いても月に税込み三七万程度の売り上げである。独身でちょっと広めのアパートを借りて、自宅兼事務所にしてという生活しか描けない。結婚は共働きが前提になってしまう。
悲しいかな、一度これだけ単価が下がると、景気が良くなっても上がることはないのがこの業界。今後、この業界で下請けとして生きていくには、長時間労働低所得を覚悟する必要があるな。製品としての品質の低下はいたしかたないことになる。業界としては自業自得なのだが。さっさと縁を切って違う職種に鞍替えすべき時期に来ているのかも知れん。ふぁ〜あ。
69.15と17.7。

3月4日(木曜日)
う〜ん、この四日間、体重と体脂肪率がほとんど誤差の範囲内で変動がないっつう、ある意味同じ食生活、同じ行動パターンか、と勘違いしてしまいがちな数値である。
青色申告の正式な書類全て揃った。明日の午後、ポカポカ陽気のはずだから管轄税務署へ自転車で駆けつけて提出である。去年より早いかも知れん。早くても遅くても税金はしっかりと取られるのだ。政治家よ、ちゃんと仕事せ〜よっ!
事務所近くの安売りスーパーで、生餃子十個で百五円のを二パック購入。明日の夕食は腹一杯の餃子と麦酒擬で決定。食費としては一人前二百円前後である。安いっ!
69.15と17.0。

3月5日(金曜日)
夕方近く、自転車にて管轄の税務署へ駆けつける。三種類の書類の授受儀式は一分と掛かることなく終了。呆気ないものだ、今年で五回目である、慣れるのもあたりまえか。
事務所と税務署、自転車にて往復一時間程度である。去年までとは違い、今年は王道というか、近道ではない主要道路に沿って動いてみた。
東京地方は、二十度程度までの暖かい気候、気持ちよかったわい。ちょっとしたサイクリング気分。毎日がこういう気候だと気分もウキウキで、年中楽しい感じになれるのに。
69.4と17.8。

3月6日(土曜日)
夕食、月一のお寿司屋さんの予定であったが、雨そして気持ち的なアンニュイ感で中止。代わりに宅配寿司で、いろいろな細巻きを堪能する。何だか大変豪勢な夕食になった気がする。
アンニュイ感っつうのは、昨夜から飲み始めたアレルギーを抑える薬によるものである。蕁麻疹が出だし、皮膚科にて効果が強めの、副作用が眠くなる薬を出してもらったからである。
飲用初日の昨夜も、二杯目の梅のお湯割焼酎を残し、気持ちフワフワしたものを感じつつサッサと寝てしまった。蕁麻疹が治まるまで一週間以上はこういう気分が続くんだろうなあ。

3月7日(日曜日)
先週の日曜よりは早く起きた。午前中に起きたのである。もっとも、あと三十分で午後になるところだったが。
夕食までの夕方の時間帯にそれなりに文献登録作業をこなす。何とか今日増加した分と同じ分量の新聞を処理できた。この日誌を記し終えたらあと少しだけ作業を続ける。そしてエッセイを書き始める予定。テーマは決まったのである。問題はどれぐらいお馬鹿な文章にできるかである。これが難しいのだが・・・。
69.9と18.0。

文献海を漂泊中に船長が遺した操業日誌より